2009年4月23日木曜日

《風の便り》 ムラアカリをゆく vol.1

��以下、お世話になっている方々に
  メールでお送りした風の便りです。

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お世話になっている皆様へ

大変お世話になっております!
友廣裕一です。


ご無沙汰していた方には
きちんとお知らせできていなかったのですが...
近況報告にお付き合いいただければ幸いです!


私、友廣裕一は
2月11日より日本一周の旅をさせていただいています。

「限界集落」と呼ばれるような中山間部・島嶼部を中心に
全国各地の現場を巡らせていただく旅です。

つい先日、2ヶ月が経過しましたので
ご報告をかねて送らせていただきました!

本当はもっと早くにお送りするつもりだったのですが...
通信回線は都市部を外れると機能しないことに加えて、
人と常に関わっているために時間がなかなか取れず。

また、出発前は多少の準備に加えて、家を引き払ったりと
非常にバタバタしてしまいましたので
きちんとご連絡ができなかった方には
心よりお詫び申し上げます!


長くなってしまいましたが、
以下、お手すきの時にでも読んでいただければ幸いです!


■《ムラアカリをゆく》 スタート■

09年2月11日 私、友廣裕一は旅に出ました。

「限界集落」と呼ばれるような土地を中心とした
中山間・島嶼部の過疎地を訪ねさせていただく旅です。
タイトルを《ムラアカリをゆく》と定めました。

今、地域が疲弊していると言われます。

その象徴として過疎化が進む中山間地や島嶼部には
「限界集落」と呼ばれて消滅の一途を辿る地域が
全国に約7800箇所あるといわれています。

「限界集落」という名前もさることながら
巷に溢れるそういった地域に関する情報は
その多くがネガティブなもの。

医療、教育、所得、産業、後継者...
などの"問題"に関する報道ばかりです。

でも、僕が学生時代に
ご縁をいただいた「限界集落」と呼ばれる集落は
もっともっと温かくて、やさしくて、きれいで、
素敵な場所だったのです。

ネガティブな事実情報も必要ですが、
それではなにも変わらないんじゃないかなと。

だからぼくは、
客観的で血の通わない事実情報ではなく、
主観的で生あたたかい感情情報に触れたい。
そして、伝えたい。

そう思いました。


今までに触れたことのある田舎の
その、温かくてやさしいイメージを
「ムラアカリ」という言葉に込めて、

東京の一人暮らしの部屋を引き払い
バックパック一つ携えて
ヒッチハイクで2月11日に東京を出ました。

(本当はこんなエラそうなことばかりではなく、
 もっと単純な欲求や感情も混じっていますが...;)

本当にたくさんの方に支えていただき
おかげさまで約2ヶ月が経とうとしています。

どうもありがとうございます!!


※旅に出るまでの詳しい経緯はこちら
 →


■プロジェクトの位置づけを変更■

旅をはじめる前は「プロジェクト」という形式で
「情報を発信する」という大義名分のもとに
仲間と共に進めていこうと思っていました。

が、旅をはじめて早々に、
その考えがズレていることに気づきました。

そもそも、
お金もナイ、移動手段もナイ、行くあてもナイ...
と、ないない尽くしでのスタート。

普通ならば準備をしっかりしてから...となるのですが、
この旅は、ちょっと違うんだよなーと思ったからでした。

その理由はまだ定かではありませんが(苦笑)
「準備が揃っていたら、それ以上に広がらない」
...ということが大きいような気がしています。

現代社会において、オカネは万能だけれども、
万能であるがゆえに人と人との関係性を切ってしまう...
という気がしています。

オカネを払って対価を得る...という関係では
人間と人間の関係になりにくいなぁと。

すっごく身勝手な考え方ですが、
オカネを媒介しないことによってこそ
ぼくがこの旅で掴みたいなにかが得られるような気がしたのです。

だから、
はじめはカバン一つにヒッチハイクで移動しながら
「労働」の対価として無料で泊めていただきつつ
紹介やご縁だけを頼りに進めていくことにしました。

始める前には、泊めていただけるあてはほとんど無かったけれど
あえてそうすることで人の縁を頼らざるを得ない状況をつくる。

根が無精者なので面倒だなと思うことも多いのですが
冬の北陸では野宿もできない。
これで旅のスタイルは変わりました。

情報発信は事後の話であって、
現場にあるのは
旅人・友廣裕一と出会った方との
一対一の関係のみ...というわけです。

このような理由から、
当初は複数人が一緒に周る予定だったのですが
プロジェクトという名の下に周ることは難しいということで、
いったん解消することになりました。

そんなわけで今は主に一人で歩んでいます。

(縁とタイミング、現地の方との関係によって
 たまに複数人になることもありますが...
 その辺は柔軟にやらせていただいています^^)


■旅の記録■

2月11日夜に東京は練馬ICからヒッチハイクでスタート。
9台を乗り継いで、富山県魚津市に到着。

その後、

富山市→福井県三国→滋賀県湖北町→福井県若狭町
→福井県池田町→福井市→富山県五箇山→富山市
→富山県八尾市→新潟県上越市→南魚沼市
→和歌山県すさみ町→奈良県十津川村→下北山村→天理市
→京都府綾部市→兵庫県養父市→朝来市→神戸市
→岡山県吉備中央町→広島県呉市大崎下島→広島市
→広島県三次市→島根県飯南市...

短期かつ過疎地ではないところも含めていますが、
それを除くとだいたい20箇所くらいを巡らせていただきました。
(いわゆる"限界集落"の定義に当てはまるのは約15箇所)

お金がないため、地域に住む方の家に泊めていただき
代わりに自分にできることをさせてもらっています。

地域の研究調査のようなことではなく、
家にお邪魔して日常生活の中から
いろいろなことを感じたり
お話を聞かせていただいたりしています。

泊めていただいたところも
自分で選ぶのではなく
ご縁のもとに訪ねているので
本当に幅広い出会いとなっています。

中山間もあれば島嶼部もあり平野部もあり、
農家さんが多いですが、限りなく自給自足に近い生活をしている家庭も、
近代的な生活の家庭も、電気もガスも電話も使っていない家庭も、
雪深い地域も、温暖な地域も、世界遺産の地域も、
若者も、中高年の方も、高齢の方も、町長さんも、研究者も、Iターンの方も、
高齢化率100%の集落も、子どもが戻ってきている集落も、
有名なところも、無名なところも、、

想像を超えた出会いに恵まれています。

手前味噌ですが、
これは結構すごいことなんじゃないかと感じています。
(自分のあつかましさも含めて・苦笑)

自分で選んでいては
ここまでは広がらないだろうなぁと
実感するとともに、
改めて、感謝の気持ちでいっぱいです!


ただ、そのような旅の性質から、
当初はブログにて毎日更新...と考えていたのですが
滞在先での関係を最優先することとしました。

その後、PCの不調等で大幅に滞ってしまいましたが、
これからは簡単な形式で頻度を上げていこうと思っています。

楽しみにしてくださっていた方
申し訳ありませんでした!

終了後、なんらかの形で公開していきますので
どうかお楽しみにしていただければ幸いです!


そんなわけで、本当になにもないところからはじまったのですが、
おかげさまで今のところほとんど野宿をしておらず。
それどころか、お金を使って食事をする...
ということもほとんどありません。

先日、車を貸していただくこともでき
さらにはテントやコンロなどのアウトドアグッズ、
自転車までもいただけることになりました!

それ以外にも、こうしてメールを読んでくださり
友廣裕一のことを気にかけてくださるだけで
ぼくはどんなに勇気付けられているか分かりません。

本当に本当にいつもありがとうございます!


これから島根県隠岐へ渡り
その後は南下していき
九州→沖縄方面→四国→中部→東北→北海道

と訪ねる予定なのですが(あくまで予定です^^)

「ここは訪ねた方がいいよ!」とか、
なにか提供してくださること等ありましたら
yuichi.tomohiro@gmail.comまでお願いいたします。

また折をみてメールを送らせていただきますので
引き続きどうぞ宜しくお願いいたします!

いつもありがとうございます!


みなさま、
よい週末をお過ごしください☆





1 件のコメント:

  1. がんばれ、友廣くん!
    こうち暮らしの楽校・校長より

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