2009年4月16日木曜日

4.16 広島県大崎下島→広島市

友廣です。

先ほど大崎下島を経ち、本日はこれから広島市内にて
広島国際大学教授の石丸紀興さんとお会いさせていただく予定です。

日ごろお世話になっている
JOYWOWの石丸雄嗣さんのお父さんで
専門は都市計画だそうです。
昨年はゼミ生の卒論で限界集落地域の研究をされたとのことで
お話を聞かせていただこうと思っております。

先日なんと、石丸雄嗣さんのご尽力により
スペシャライズド社から自転車を提供していただきました!
(写真は更新できないのですが...)

自転車業界のコンサルをされている関係で
素敵な自転車を提供していただけることに・・・
本当にありがとうございました!

明日からは、ブログにコメントをくださった
ちいき活勢会の小池さんに案内していただき
広島県三次市の方に滞在させていただく予定です。



大崎下島は瀬戸内ならではの
温暖でみかん畑と海が印象的な
とっても素敵なところでした。

この旅はじめて熱を出してしまい
丸一日は寝込んでしまったのですが・・・
ほぼ100%島内産・自家産・浜本おばあちゃん手作りの
おいしい食事のおかげで完治できました!

83歳の浜本さんご夫婦からは
8番目の孫だと言ってかわいがっていただき
また一つ田舎が増えた気分でうれしかったです!

夫の幸男さんはみかんづくり一筋60年。

時代の流れに弄されながらも、
ひたむきに一本の道を歩んでこられた
その口から発せられる言葉はとても重みがありました。

「うまいもんを食べると人は笑顔になる。
 だから、みかんづくりは笑顔をつくる仕事なんじゃ」

幼少期に親を亡くされ、
祖母一人に育てられながら
小学校卒業後はみかん作りの道しか選択肢はなかった。

戦中は毒ガス製造の地へ赴き、
「十九、二十歳のころは死ぬることばかり考えちょった」
といいます。

そして終戦後、
規模を求めて九州へ転地しようかと思った時もあったが
今は世界で最も住みやすい土地だと実感できる
大崎下島に住み続けてよかったと言います。

晴れた日は庭の花を愛でながら
縁側でお昼ごはんを食べていると
近所で釣りをする人から魚が届きます。

「百姓は、現金収入は少ないけど
 一番新鮮でおいしいもんばっかり食べて
 一番贅沢しちょると思うんよ」

そう話すおばあちゃんは
辛い時代もあったけどねぇ...
と言いますが、本当に幸せそうでした。

幸男さんのみかんは本当においしい!
そして、この歳になっても
毎年何種類も新品種に挑戦されている...
好奇心が若さの秘訣かもしれません。

朝食は「朝フル」といって、
自家製フルーツ盛りだくさんの朝食で
いろんな種類の柑橘類を食べさせていただいたのですが
「はるか」「せとか」「けらじ」「ひょうかん」あたりがオススメです!

(果物の水分が身体に一番良いということで
 朝フルは10年以上続けられているそうです)



久比という集落に泊めていただいたのですが
この地域には以前は3000人近く住んでいたとの事。
しかし今は700人くらい。

「学校もなくなって若者はほとんどいなくなった。
 70歳以上が3分の2くらいなんじゃないか...」

ということで、
山も耕作放棄地が目立ちました。

柑橘類は年中収穫できるし
価格もやり方によっては上げられそうだし
優良地が数ha単位で放置されていて
この島はとっても可能性を感じました。

幸男さんの話を聞いていると
みかんづくりには夢やロマンを感じてしまうのです。



広島に来ると、戦争のことを考えざるを得ません。

幸男さんの
「戦争は絶対にだめじゃ。
 なにもいいことはありはせん。
 若者が死ぬることばっか考えるなんてことは
 絶対にくり返してはならん」

折しも、久しぶりテレビを見ると
"報復"という二文字が軽々しく踊っていて
複雑な心境になりました。


歴史は時として過つ。


歴史から学べとはよく言われますが、
いま本当に必要なことは、
なにを学び、学ぶべきかを考えることではないでしょうか。

軽率な判断は
時として本当に価値あるもの
大切なものをも捨て去ってしまう。

「限界集落」と呼ばれる地域にも
共通することがあるような気がして
思わず書いてしまいました。



ちょっと余談が長くなりましたが、
久しぶりにちょっと時間があったので
思い切って書かせていただきました。


ぼくが出会う"世界"は
こんなに素晴らしいのになぁ。



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