友廣@別府です。
昨日は福岡県八女市上陽町にて
お茶摘みをお手伝いさせていただいたあと
別府へきました。
上陽町では久木原という集落にある
原口さん宅にとめていただきました。
福岡大学の赤星くんが八女市のNPOに関わっていて
原口さんは「ふるさとわらべ館」の館長ということで
紹介をしてもらいました。
息子のゆうやくんの剣道の練習についていったら
道場にいた西木先生が「明日からお茶摘はじめるよ」
ということで、朝8時からばあちゃんたちと一緒にお茶を摘んできました。
お茶の現場も高齢化が進み
加えて、機械・除草剤を使わないとコストが合わない。
手摘みは簡単そうに見えるし、
一見、機械より効率が悪いのですが
その身のこなしには継承されてきた動きがある。
「なにがなんでも残さないといけない!」と声高に叫ぶのは
なんだか違うような気がするし
そんな権利はないって知っている。
でも、
効率という名の下になんの疑問ももたれずに
自然に消えていく風景・・・
ちょっと立ち止まって
ちょっと疑問を持てる自分でいたいと思う。
そもそも、日本の芸能(能など?)は
農作業の動きが元になっているものが多いと聞いたことがある。
何百年という時間の流れにおいて
あたりまえの日常の営みのなかで
磨かれ、洗練されてきた動きがあったそうだ。
今は機械化が進んできて
継承されているのか分からないけど
それは「文化財」などと捉えられることはなくても
立派な生活の「文化」だと思う。
農作業は本当に大変だ。
機械化を否定しようなんて
そんな大それたことは思わない。
高齢化が進んでいる地域では
除草剤だって必要不可欠。
炎天下の中、毎日草刈を続けてもなお
お年寄りに「農薬は絶対にだめだ」と言える人がどれだけいるだろう。
でも、それをあたりまえにしないということ。
若者が手伝えば除草剤は減らせるかもしれないし、
価値があると思うものは残そうという動きが出るかもしれない。
否定でもなく、諦めでもなく、
もっと自然な形で創造的な道ができる気がするんだなぁ。
そんな風にして地域を見ていこうと思う。
そうですよね。
返信削除農薬も除草剤も、農業の現場をみてしまうと、どうしても否定できなくなってしまう。
そのもどかしい気持ちはよぉくわかります。
世の中はなるべくしてそうなっているのかもしれません。
でも、それは「命」に対して誠実さを欠いていると感じます。
僕の思う、現状打開の、もっと自然な形・・・
それは僕自身が「ホンモノ」になることで自然と身につくことだと思っています。
あらら、偉そうに言ってしまってすいません。
玉木さんに怒られる予感w
ともかくとして、またお会いする日が楽しみです。
近くを通る時はぜひ!
友廣君タオル忘れてるよ。
返信削除私もともひろ君のように直感を大切にしていきたいと思うよ。
返信削除うまく説明できないけれど、この風景、この習慣、この文化、私にとって安心できて、気持ちがよくて、愛おしいと思えるそういう瞬間が農村の中にはあるんだよね。
きっと考え続けていれば、もっとこの価値観をうまく表現できるようになっていく気がする。
自分が大切だと思っていることを、もっと多くの人に実感してもらえるようになって、実際に創造的な動きを展開していくことができるよう、応援しているし、私も何かしらがんばっていきます。ではまたね!