2009年4月22日水曜日

4.21 島根県海士町

しこたま書いた記事が消えてしまい落ち込んでおります。。

友廣です。

「島根県隠岐郡海士町」

日本で最も自治体であり(定住促進や離島教育など...)
ぼくの周りでも足を運ぶ人が驚くほど多い島。


~ 海士町とは?(AMAワゴン 告知文より転載) ~

島根県の北60キロ、日本海に浮かぶ隠岐諸島の中の
一つの島(町)。後鳥羽上皇が流された流刑地としても有名で、
神楽や俳句などの歴史文化や伝統が残る一方、島すべてが
国立公園に指定されるほどの自然豊かな島。

現在人口は約2400人。年間に生まれる子ども約10人。
人口の4割が65歳以上という超少子高齢化の過疎の町。

人口の流出と財政破綻の危機の中、独自の行政改革と
産業創出、人づくりによって今や日本で最も注目される島となる。

町長は給与50%カット、課長級は30%カット(公務員の給与水準としては
当時全国最低となる)。その資金を元手に最新の冷凍技術を導入。海産物の
ブランド化により全国の食卓を始め、海外へも展開する「(株)ふるさと海士」。

農業特区を取って、新たに肉牛の業界に参入し、松坂牛に
匹敵するレベルと評価されて幻の肉として知られるようになった「隠岐牛」。
2004~2006年の3年間には145人のIターン者が移住するなど、
新しい挑戦をしたいと思う若者たちの集う島となっており、まちおこしの
モデルとして全国の自治体や国、研究機関などから注目を集めています。

~~~


島根県の沖に浮かぶ
この小さな島には一体なにがあるのか。

今回は山陰まで行かない予定だったので
「行けないだろうなぁ」と思っていたのですが
流れに流れて、島根県中山間地域研究センターまで来た。

「これは行けということだな」と思って境港へ。

流れに任せて流れゆく。
そこにはいつだって想像を越えた出会いがある(はず)。


海士へ行こうと思ったが吉日
早速、海士の話を熱く語ってくれた二人を思い出して電話する。

イタリアへの農業留学から先日帰国した早大の後輩 松橋拓郎と
海士をはじめ地域のことが大好きな一橋の渡辺雄(ゆうゆう)。

二人からそれぞれ海士の方を紹介をしてもらい
(ここでのコミュニケーションミスでご迷惑をおかけしてしまいました...すみませんでしたm(__)m)
最高の海士滞在となったわけです。
ありがとうございました!



松橋から紹介してもらった
巡の環」の信岡良亮さんには車で案内してもらったり
素敵な方々とのランチをセッティングしていただきました。

ご自身も、IT系の企業に勤められていましたが
これからは「小さな経済」だと感じられたことから
海士にたどり着かれたとのこと。

ウェブデザインというスキルと
仕事に対するシンプルな価値観。
素敵な生き様です!


そして、
渡辺くんから観光協会の青山さん経由で紹介していただいた
但馬屋」さんという民宿に泊めていただきました。

コチラ、一見ただの民宿なのですが
あなどるなかれ、すんごいところでした。

「半農半漁」つまり、
農業と漁業をされています。
それに加えて、民宿も、畳作りも(!?)されています。

地に足を、海に船を浮かべて数十年。

本当に懸命に歩んでこられたじっちゃんの言葉は
歯に絹きせぬストレートなのですが極めて正論ばかり。
自分の生き方を問われる気がしました。

明るい笑い声を飛ばしてくれるばっちゃん、
そして、愛にあふれた直球を投げ込んでくださるよしえさん
自然に囲まれた島育ちの3姉妹の家族です。

そんな民宿に、三年前"就職"して来られたのが宮崎雅也さん。
一橋大学在学中に中国へ二年間インターンシップでいき
帰国後、運命的な出会いに導かれて海士町へ来訪。

はじめての海士町、
はじめて但馬屋に来たときに
じっちゃんの話を聞いた時に
「ここで働く」と決めたそうです。

今年で四年目。

詳しいことは書ききれませんが、
朝5時半に起きて網を上げて一日がはじまり
農作業も、大工仕事も、干しなまこ事業もこなしてしまう。

全身を使って謙虚にひたむきに生きる姿はかっこいい。
心からそう思いました。

但馬屋のみなさん、
大変お世話になりました!!



最後に帰る前、
岩本悠さんに挨拶をするために教育委員会へ。

すると、悠さんはいなかったのですが
そこで対応してくださったのが
井上さやかさんと宮崎稔さん。

井上さんは大学卒業後カンボジアにいたけれども
その後で海士と出会いIターン。

宮崎さんは、なんと、
かの有名な「秋津コミュニティ」をはじめられた校長先生だったとのこと!

日本ではじめて公立学校を地域開放して
すごく成功していることで有名なので
「いつか行ってみたい!」と思っていたのですが、
まさか海士にいらっしゃるとは。恐るべし、海士町!!

そんなわけで一時間ほど
とても勉強になるお話を聞かせていただき
いろんな地域の方を紹介していただきました。



フェリー出発前の15分ほど
フェリー乗り場まで悠さんが来てくださり
海士町の感想などなどをお伝えしたあと
パンを頂いて海士町ともお別れ。

船に乗ると、感傷に浸るまでもなく
島でお会いしたトヨタ財団の大庭さんがいらっしゃり
境港から松江までも同じ道程だったのでご一緒することに。

ここでも面白いお話を聞かせていただきました。



こんなわけで海士町は素敵な島でした。

ただ、
メールで「問題点も教えて欲しい」といただいたので
そういう視点も少し。

人口2400人の島からは
毎年50人ほどが減っているそうです。

そして、
いろいろな立場の方から話を伺っていると
過疎対策の取り組みに関しても
はじめは自主財源で大切に使っていたけれども
成功するにつれて国からの助成金が増えている。

活動は活発でたくさんのプロジェクトが動いているけれど
本当に「持続可能」な取り組みを目指すためには
もう一皮向けなければならないのかもしれない。
そういう印象を持ちました。



海士町の特徴として
「Iターンの人が地域を良くしようと前のめりである」
ということがいえると思います。

一般的にIターンの方というのは
自分や自分の家族の"ライフスタイル"に
こだわりをもたれている方が多いと感じるのですが、
海士町は「地域」なんですよね。

志士が集っているような
そんな印象を受けました。



時間がかかってしまいました><

やはり記録は今後の課題です。




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