2009年5月7日木曜日
5.6 熊本県水俣市 *土本紀昭さんの言葉
GWを共にした
川村、兼康、小口、草野が帰京。
お世話になりっぱなしだったので
少しでもなにかお手伝いできれば...
と思い、吉本さんの仕事を手伝わせていただきました。
が、結局おいしい食事をご馳走になり、
お世話になってしまいました(苦笑)
● 今日の一言 ●
「知る」ことが増えるということは、
「知らない」ことが増えるということ。
-吉本哲郎さんに言われた言葉
● 今日の出会い ●
吉本さん一家のみなさん
→お孫さんのあやめちゃんが
お誕生日で4歳に!おめでとう☆
● つれづれ日記 ●
いろいろな偶然が重なり、
水俣に来ることができました。
「地元学」については興味があったし
少しずつは聞いたり読んだりして知っていたけれど...
しっかり学ぶ機会を持てずにいました。
そんな失礼な状態での訪問だったのですが
吉本さんと5日間ご一緒させていただき
端っこくらいは理解できた気がする。
いま、ぼくらが水俣から学ぶべきことは多い。
これを伝えることもまた
この出会いの意味であり
責務なんだと思う。
*
今日は吉本さんが企画されている
土本典昭さんのパネル展のパネル作成をお手伝いしました。
土本典昭さんは
記録映画作家で
水俣を40年に渡って撮り続けた方である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E6%9C%AC%E5%85%B8%E6%98%AD
「その人の目を見ていれば
その人の目の動きでね
世界がその人の目の動きにあるはずだ。
世界なんか描かなくても
その人の瞳の輝きでね
世界がわかるということだって
あるんじゃないか――」
http://www.youtube.com/watch?v=C1YcMfOD4AE
命をかけて撮る
単なるドキュメンタリーを超えた
人間と人間のぶつかりあい。
監督さえも、
客観的に俯瞰するのではなく当事者となった。
この覚悟からしか見えない世界があるのだと思う。
また、文章で興味深かったのは
「水俣に快楽を失ったら
その時は躊躇なく
ほかの世界にカメラを持っていってしまうだろう」
という一文。
彼は人間を撮った。
「患者さんと出会っていく。
その出会っていった喜びを
記録していったつもりだから・・・
自分の中にある人間の共通性というか
「感動」というか、そういったものの発見でもある」
"まなざし"とはなにか、
自分の中で新たなテーマが生まれました。
水俣での滞在は
一見「限界集落」というものとは外れましたが
大きくかかわりのある必然的な出会いだったと思います。
吉本哲郎さん、ご家族の皆様
どうもありがとうございました!
2009年5月4日月曜日
5.2-3 熊本県水俣市 *「地元学」吉本哲郎さんを訪ねて
5月2~3日@熊本県水俣市
前水俣病資料館館長であり
地元学ネットワーク主宰の吉本さん宅に泊めていただいています。
GW期間中に東京から
ウェブを作ってくれた兼康をはじめとして
大学時代の仲間である
川村・小口・草野の4名来てくれています。
今回から少し記事のスタイルを変更してみます。
そして、内容の重さに関わらず
些細なことでも更新するようにしていきます!
(ネット環境によるタイムラグは生ますが...)
モットーである
変わらずに
変わり続けること
を大切にして
試行錯誤を繰り返していきたいと思います。
どうかお付き合いください!
● 今日の一言 ●
ないモノねだりをせず、
あるモノさがしをすること。
まずは自分の足元から。
愚痴を自治に変える。
-吉本哲郎さん-
● 今日の出会い ●
-吉本哲郎さん
水俣病資料館 前館長
地元学ネットワーク主宰
-木下富美子さん
博報堂「地ブランド」統括ディレクター
-藤田裕一さん
農林水産省
≪≪お二方とも吉本さん宅でお会いしました。
● つれづれ日記 ●
吉本さんは水俣の絶望から希望を見てこられた方だ。
水俣病を撮り続けた映画監督
土本典昭さんの言葉を度々引用された
「人は絶望だけでは生きてはいけない。
水俣はそれを教えてくれた」
吉本さんは
生きるためには「逆境」と「笑い」が必要という。
「冗談を言え」と。
水俣が"希望"から立ちあがり、
全国一の環境先進都市になった
その影を支えてこられた吉本さん。
絶望があるからこそ希望を求める。
「おれたちは希望を探してたんかもしらんな...」
希望から再出発した水俣は
今ではその影を感じられないほど
輝きを放つまちでした。
*
二日連続でタケノコ掘りをしました!
ほぼタケノコのみの料理が食卓に並ぶ...
でも全く飽きない!本当においしくて食べまくっています。
竹やぶに行くだけでこんなに贅沢な食卓が生まれるとは...。
水俣はおいしい!
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