2009年8月21日金曜日
8.21 旅を終えて感じること
ご無沙汰しております!
友廣です。
一人暮らしの家は引き払ってしまったので(苦笑)
友達の家を辿りながら東京放浪中だったりして
相変わらずバタバタしているのですが・・・
旅を終えてからの所感をすこし書いてみました。
よければご覧いただければ幸いです。
また、明日(8月22日)は
朝日新聞(夕刊)に掲載していただけるようです。
甚だ僭越で恥ずかしい限りですが、
もしよろしければご覧くださいー!
わざわざ写真を撮るために山形まで来てくださったり
深いところまで理解して記事にしようとしてくださった
素敵な記者の浜田さんが書いてくれました。
�� + + + + + + + + + + +
旅を終えて約10日間、
いろんな人に話をしながら
「この旅はいったいなんだったのか」を考えています。
たしかに
小規模高齢化集落(限界集落)や過疎地はいろいろ訪ねたし
農林漁業、酪農、畜産などの第一次産業の現場も訪ねたし、
現場で汗をかきながら学ばせていたことは大きな経験だった。
これは当初から持っていたテーマだし、
それで括ってしまえば分かりやすいことこの上ない。
「この地域ってこうなんだよ」
「農業ってこんな問題があるんだよ」
って、そうやって客観化して単純化して伝えることもできる。
でも、そうやって話すとき
なんだかすごく違和感が残るんだなぁ。
ぼくが本当に伝えたいのは「地域」ではないのかもしれない、と。
もちろん、地域の文化とか歴史とか食とか自然とか・・・
そういうものにも興味があるし伝えたいと思うけど、
それらはすでに本や情報として巷に溢れている。
それに、そういうことを知ることが目的であったなら
もっと効率のよい旅のスタイルがあったと思うし・・・。
そう考えていくと、
まず旅においてこだわっていたことは「人」との関わりだったことに気づく。
出会いに重きをおきたいと思ったから
人の縁だけを辿っていくというスタイルを取り、
できるだけ普通の家に泊めていただきたいと考えたのだろう。
結果、70軒ほどの家に泊めていただいたことになるが
ここから「地域」という景色が見えたことは少なかった。
ぼくが出会ったのは
一人の人間であり、
一つの家だったのだ。
「ムラアカリをゆく」という旅には
いろんなキーワードのラベルが貼られている。
その場の感覚だけで旅をしたかったので
旅の最中はできるだけ整理しないできた。
だから、自分自身でもどれが重要なラベルか
分からなくなっていたのだけれど
終わって整理をしていくと見えてきた。
一枚ずつ剥がしていったときに残るのは「人間」だな、と。
ぼくの旅は、
「地域」を知る旅ではなく
「生き様」に出会う旅だった。
これが今はしっくり来ている。
ぼくがはじめに出会った「限界集落」と呼ばれる地域で
あたたかくて、やさしくて、うつくしくて、かっこいい・・・
と感じることができたのは、
都会で育ったぼくらが「なにか」によって幸せになろうとするのに対して、
ぼくからすると「なにもない」と思うようなところなのに
外に「なにか」を求めることをしないで
それでいて物心ともに満たされているように感じたからだろう。
旅をしてみて「限界集落」には看板があるわけでもないし
その言葉がなにも表していないことに気づいた。
限界は、決して物理的要因ではない。
それを教えてくれたのは水俣でした。
詳しくは過去の記事を見ていただければ幸いです。
http://www.murakari.com/2009/05/52-3-1.html
http://www.murakari.com/2009/05/54-etc.html
http://www.murakari.com/2009/05/56.html
http://www.murakari.com/2009/05/column.html
振り返るだけで胸が熱くなり
大切なことを思い出すことができます。
水俣についてはまた改めて書こうと思います。
皆さんはどう感じられたでしょうか?
もしブログを読んでくださっていた方
新聞を読んでくださった方などで
なにか感じること・伝えたいことがあったという方は
以下まで連絡をいただけたら幸いです。
yuichi.tomohiro810(@)gmail.com ←かっこを外して@を半角にしてください
なんでもよいので、
感想やコメントをいただけたら喜びます。
どうぞよろしくお願いします!
また続きは書きます。
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所感 終了後 東京 水俣,
所感 東京 終了後 水俣
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朝日で読みました。
返信削除うなずきながら読みました
いい記事でした。
さっそくブログみに来ました。
これからも楽しみです。